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ヤドリギ

遺書代わりのメモ

声だけかけて助けない自分大好き人間

昨日は30~40代くらいの仕事ができる中堅のやつらが集まる飲み会でいろいろと話しをしてきました。まあやっぱりすごく景気がいいみたいな話は全くなく、お互いに自分たちの力でチャンスをもぎ取り生き残っていくしかないわなという結論になりましたが、仕事も生まれそうなのでよしとします。

それよりも昨日はソーシャルメディアの功罪みたいな話が面白かった。特に、ソーシャルメディアは誰か困っている人を見つけては心配しているコメントばっかりして何も行動を起こさない自分大好き人間製造機であるという話が面白かった。たしかにそういう人いるなぁとうなずきながら聞いていました。

私にも心当たりが合って、先日「職失ったら鬱になったー、俺は鬱だ―自殺するぞー」と毎日のようにFacebookで呪詛を吐いていた人の話をしましたが、まさにあれが自分大好き人間の大好きなエサだったんだろうなと。「簡単に死ぬとか言っちゃダメ!私が許さないわよ!」とか「思い切って精神科行って、場合によっては入院しましょう!」とか、まあなんというか、それ励ましというより追い詰めてるよねなコメントをたくさん見かけたものです。「死ぬとか言ってないで飲みに行こうぜ!」というコメントも3人ほど書き込んでいましたが、1人として実現させた人はいなかった模様。ソーシャルメディア上での点数稼ぎ大会怖い。

結局この人は私が転職用のカネあげて社会復帰させてあげたんですけども、「彼は精神科に通うお金や転職の面接に行くための交通費が足りないから、心配しているみなさんカンパをお願いします!」と言ったら何人が助けてくれたんでしょうね。いま見返してみると15人くらいがかわるがわるコメントしてましたが、たぶん1人いればいいほうなんじゃないかなぁ。

私は個人的に、助ける気がない人にネット上で声だけかけるのはただの自己満足で、助けるどころか追い詰めることになると考えています。本気で心配して助けたいと思っているのなら、実際に電話するなり会いに行くなり、具体的な行動を起こすはずです。なので「やばいこいつの家に行ってやらなきゃ」とまで思えない人の苦しみの声には反応すべきでないと思うわけです。

「お前は苦しんでいる人を見捨てるんだな」と言われれば、はいその通りですと答える以外にありません。私にとって助ける気がない人は道端で寝てるホームレスみたいなもので、困ってようが苦しんでいようが無関心に近い第三者です。その分長い付き合いがある知り合いとかが苦しんでいれば、具体的な行動を起こして全力で助けます。

世の中そんなもんだと思うのです。

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