ヤドリギ

遺書代わりのメモ

失敗の言い訳をするために低学歴をアピールする人は害悪でしかない

学歴の話と貧富の差の話はどの時代もニーズが一定量あるものだが、最近はまた学歴に関しての話が盛り上がっているらしい。ソーシャルメディア上で通っている、もしくは卒業した学校を明記する人が増えている今、おそらくこの手の話はかつてないくらいに需要が多いのではないかと思う。

今まで昼の仕事、夜の仕事問わず多くの職場を眺めてきた私が思うこととしては、社会人として仕事をする上で学歴は一切役に立たない。本当に、笑ってしまうくらいに関係がない。プロ野球でドラフト6位くらいの選手が1位の選手を軽々と飛び越えてレギュラーに定着することがあるように、社会人も横一線からスタートするわけなので、努力や工夫のしようによっていくらでも一流校卒を打ち負かすことができる。そんな場面を、私は何度も見てきた。

しかし、一方で低学歴であることを利用することによって利益を得ようとする人もいる。仕事ができないことを指摘されるたびに「大卒だからって偉そうにしやがって」「俺、高卒だからわからん」と、差別用語でも吐きかけられたかのような態度を取る。明らかに仕事ができない本人が悪いのだが、責任を追及しようとすれば学歴差別やいじめといったカードを取り出してちらつかせてくる。非常に面倒な存在だ。

学歴と仕事内容には一切の相関性がないのだが、なぜか学歴というのは責任を回避するための道具として長らく使われてきた。ソーシャルメディアの普及によって「三流大学だと思っていたけど、卒業生にこんなすごい人がいるじゃないか!自分も頑張ろう!」と、モチベーション高く頑張る人が多少は出てくると思ったが、実際の所は未だに学歴を盾に解雇を免れようとしたり、サボって給料を得ようとする人は全く減る気配がない。おそらくずっとそうやって生きてきた人間には、習慣を変えることは簡単にはできないのだろう。

これが夜の世界だったら「うるせえ、言い訳するなら辞めろクズが」即クビにできるものなのだが。私が生きている間に、学歴など関係ないという雰囲気がこの国を覆うことはあるのだろうか。

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