ヤドリギ

遺書代わりのメモ

平等になればなるほど、不平等になる

ここ一週間ほど久しぶりの出張で九州の北の方をいろいろと回って、今日帰ってきました。将来的には東京の次に発展するであろう福岡をはじめとして、九州はPM2.5や黄砂という環境面でのデメリットはあれど、中国、韓国から近いことから、グローバル化がこれから続くと景気は良くなっていくだろうなぁと感じました。

さて、あまりタイトルと関係がないような出だしになってしまいましたが、平等というのは、飲酒運転の取締りとか、地方だと昔は「しゃあねえな」で見逃してもらえていたことが、今はほとんどそのままご用になっているという意味での平等です。

2日目にちょっと都市から離れたところに住んでいる地域の知り合いとメシを食ったのですが、人と人のつながりが濃い地方ですら「今の警察は冗談が通じない」という話でした。ネズミ捕りも飲酒検問も、やっちゃいけないことであることは承知の上で、昔はよくあった見逃しが全くない。都市部のように事務的な対応になったので、飲み屋に車で行って…みたいなことはめっきり減ってしまったのだそうです。

批判されることを承知の上で書くのですが、こういう平等って、地方にとっては不平等になってしまうのであまり良くないことだと思うんですよね。地方は車社会なので、飲み屋やレストランも電車で数分で、駅から徒歩5分で…みたいなものはほとんどなく、車でないと行けません。なので、ドライバーは建前上飲めませんが、全く飲めないのはかわいそうなのでほんのちょっとだけ…みたいなことが当たり前で、警察も事情は理解していたので、飲酒検問はあれど多少は甘かった。そんな時代がありました。

いや、わかっています。これは良くないことだったんです。ただ、事故という危険性を考慮しても、飲む楽しみが優先されるくらい、地方は娯楽が少ないのです。その点で、地方の警察というのは都市部と比較すると不平等な立ち振る舞いをしていました。絶妙なバランス感覚で運営されていたと言っていいでしょう。

しかし、今はネットによる監視の目が一気に広まってしまったので、そんな甘いことは言っていられなくなりました。警察の不祥事の報道が増えて信用度も下がっているので、なりふりかまわずポイント稼ぎに走らざるを得なくなったという事情もあるのではないかと思います。

これで都市部も地方も、警察による取り締まりのレベルは平等になりましたが、おそらくそれによって産まれた不平等もあるのだろうなと感じた、今回の九州出張でした。

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