ヤドリギ

遺書代わりのメモ

働き者の老人と闘う若者という構図

自分で言うのもなんですが、私はすでに世間で言うところの定年をすでにすぎているのですが、働きまくっています。昔だったらとっくに寿命迎えて死んでいるんでしょうが、今は健康を維持するための情報が多く、また栄養もバランスよく摂れるので、いい時代になったなと思います。

よく老人が若者に席を譲らない、という話を聞くのですがそれは誤解で、単純に働きたいだけなんですよ。自分は特に働くことが好きで、会社はとっくに退職したのですが個人事業主として再び働き始め、気づいたら会社を作り、インターンを受け入れ、優秀な人は雇って…という流れを経て今に至っています。

これだけ仕事を効率化するツールが増えて、会社を立ち上げるのに必要な費用もほとんど必要なくなった今、働かないという選択肢はありえないんです。昔なんて全然良くなくて、仕事がこれほど面白い時代は有史のなかでもなかったんじゃないでしょうか。

アイデアはすぐに共有され、誰かが膨らませ、実現する。時にはパクりあいもあり、シェアすることもありで、1年の密度がとにかく高い。ビジネスの現場に出て行くと、1日で消耗するエネルギーが半端じゃないのですが、充実しています。こんな良い時代を若者として過ごせなかったのはちょっと悔しいですが、その分自分にしかできないことを精一杯やっていきたい。

…とまあ、そんなことを堀江さんの「ゼロ」を読んで改めて考えることになりました。この本は老人の自分にも響くものがありました。これは堀江さんの筆力もさることながら、編集者の魂がこもっている気がします。久しぶりにチームで作り上げた本といった感じで、普段本を読まない人におすすめします。 

ゼロ

ゼロ