ヤドリギ

遺書代わりのメモ

「誰かがなんとかしてくれる」時代の終わり

国債の格付けが下がっていよいよやばい状況に陥ったり、円安が進んで輸入に頼っていた企業が倒産待ったなしになったり、選挙が12月になったせいで公務員の忘年会が消滅し飲食店が青息吐息だったりと何かと香ばしい話題に溢れる2014年師走、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

国際企業、インターナショナルカンパニーを目指し始めた弊社としては「世界に正月という習慣はない」という認識を強め、来年からは正月返上で世界と同じ暦で働こうという冗談交じりのメールを全社員宛に送ったら誰からも返信がなく、みんな成長したなと目を細めながら謝罪メールを書いているところです。ゆとり世代は冗談が通じなくて困りますね。

さて、またどうでもいい前置きに300文字近く費やしたところで、本日のお話です。

2015年は国に頼らない生き方を考えよう

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毎年毎年、来年は日本がヤヴァいみたいな話があります。毎年「来年、日本崩壊!」みたいな本を書いて注目を浴びる人もいらっしゃいます。んで、蓋を開ければそれほどでもなく、日本がやばいって話していた人プギャーで1年が終わっていくわけです。

でも、なんというか、こういう考え方はもうやめようぜ、という話を昨日社員を集めてしました。要するに国がどうこうしたところで困らないスキルを身につけて、世界のどこでも生きていけるようにしよう。という意図でした。さらに飛躍すると、うちの社員には今日この会社が倒産、もしくは解散となった時に、すぐに他の会社に拾ってもらえるレベルになってほしいと考えています。

ウチの会社は経営陣全員で国に頼らないで生きる力を持とう、という共通認識を持っています。ただ、社員にまでそれを求めるのはマッチョだし、従業員としての能力が高い人に個人営業主的思考を植え付けると生産性が下がる時もあるので、話すのは控えてきました。

しかし、海外支社が思った以上の数字を出したこと、消費税アップが想定していた以上に打撃を与えていることを考慮に入れると、たとえ反発があったとしてもいまこのタイミングで社員に自立を意識してもらわないとやばい。国が、会社がダメになったときに生きていける術を身につけてもらわないといけない。そう考えるようになりました。

全社員個人事業主化計画

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じゃあどうするの、というと、社員に個人事業主の意識を持ってもらうことです。多少社内の生産性が落ちたとしても確定申告を自分でやってもらうとか、定期的に自分の腕一本でも生きていけるレベルの人を呼んでセミナーをやるとか、とにかく国に、会社に頼らないで生きていける力をつけるきっかけを作りたいと考えています。

結果として社員が相次いで独立して…なんてこともあると思うのですが、ずっと頼られっぱなしも疲れますし、プチリクルートみたいな感じで人材輩出企業になってもおもしろいかなといった感じで。私はもう先は長くないですし、役員連中も会社がなくなっても特に困ることはないので、思い切って舵を切ってみようかなと。

国が、社長が、同僚がなんとかしてくれる時代はまもなく終わります。社会保障費は老人がまとめて死なない限りはなくなりませんし、日本人の生産性が劇的に上がらない限りはこれからジリ貧が続くことでしょう。愛国者たちの最後の砦である「信頼されているニッポン」という幻想も、「カネないし働かない国民しかいない国なんて誰が信頼するか」と世界から見放されることによってあっという間に打ち砕かれることになるでしょう。

国も所属する組織もなくなった後、残るのは自分だけです。そして、これからは自分が持つスキル、信用が生き残るために必要になってきます。これがない人は、ロボットで代替されるような仕事の奪い合いに嫌でも飛び込み続ける生活を送らなければならなくなるでしょう。

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みなさんは世界のどこでも通用すると思えるスキルを身につけているでしょうか。そして、困ったときに助けてくれる人を持っているでしょうか。ないのであれば、年末年始休暇にでもこれからどう生きていきたいかをしっかりと見つめなおし、生き残るために足りない部分は勉強して身につけ、成長していきましょう。

力がつくにつれ、世の中のニュースに対するコメントのほとんどが「誰かがなんとかしてくれる」ことを前提にしたものであることがわかるようになるはずです。そこまでくると、仕事も人生も楽しくなるはずですよ。