読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ヤドリギ

遺書代わりのメモ

システムは人間を超えすぎてしまったので、従いながら打ち崩す好機を伺う

戦後まもなくの頃からインターネット全盛期の現代までを生きてきた自分の実感なのですが、特に2000年代に入ってからのシステムの発達は眼を見張るものがあり、同時に怖さも感じています。

ビッグデータ*1による人間の行動分析は国の運命を左右する選挙の結果をほぼ的中させるレベルにまで達しましたし、人工知能は日本トップクラスの棋士を将棋で打ち負かすことが当たり前になりました。データ解析の手法がより精度が高いものになっていけば、朝起きた時に「あなたは今日とんかつを食べたいはずなので、オフィスの近くで評判のいいとんかつ屋をまとめておきました」なんて通知が届くようになるかもしれません。

ここまでくると、もう人間はシステムに従って生きていくのかなと。得た情報を疑うことがデフォな人でもない限り、データに基づいて提案されるおすすめのものを買い、自分の趣味に合ったイベントに足を運び、DNAレベルで確実に好きになる人と出会い結婚し…なんてことが、私が死んだ後の21世紀後半は当たり前になるんでしょうね。

そんなことはありえないと思うかもしれませんが、私が死ぬ頃にはインターネットネイティブの人口は世界の4割程度を占めるようになっているでしょうから、行動の動機の大半がスマホ起点になるはずです。動機が誰かの作ったシステムによって生成されるようになる。これはもう止められない動きです。インターネットが本格的に普及した頃に生まれた世代が世の中に出て、重要なポジションを担うようになれば私たちのアナログな思考は市場から締め出されることになるでしょう。

スポンサードリンク

ではどうすればいいかといえば、選択肢は「システムから吐き出されるおすすめを作る立場になる」一択です。話題を作るためにニュースアプリが好みそうな形に情報を加工してアップしたり、ターゲットとする世代の好みをデータから推測して新商品を作ったり、システムを理解して協力しつつ利益を得ていきましょう。

つまらない?はい、自分だってつまらないです。でも、自分たちよりはるかに頭がよく、人の好みを知っているシステムに勝つことが不可能になるのが確実な情勢下では、システムを崩す好機を伺いながらうまく利用するしかありません。一番確実なのは新しいシステムを作り出すことですが、そのためには莫大な投資が必要になります。私のように零細企業を経営している立場では、システムに従う以外に選択肢はないのです。

ここまで書いてきて「従う」っていう単語がちょっとマイナスイメージを持たれそうだなと思ったのですが、要するに利用するということです。裏をかくというか、先回りして予想して、こちらに利益を誘導する。そんな頭の使い方が必要になる時代がやってくるのだなと。これは海外を回っていても感じることです。

システムを否定するのではなく、利用する。手作りや人の心といった単語に逃げること無く、頭を使いながら仕事をしていきたいものです。

*1:バズワードになってしまっていますが、ここではマーケティングに使用されるレベルのデータを指します。使い方ちょっと違ってるかもしれませんゴメンナサイ